「ぁ、弁当」
 白く輝くご飯へと差した唐突な影へ顔を上げれば、物珍しい顔をしたクラスメイトが目を輝かせているのが見えた。昼休みになってスグに教室から飛び出していった筈のその姿が其処にある事へ少しだけ驚きつつ、購買へ走った筈のその手元を見遣る。
 何かしら持っているだろうと思っていた昼食の痕跡が見当たらない。
「…売り切れだったのか?」
 運動だけは出来る、と称されているに相応しいスタートダッシュは体育の授業でも見知った体力の通り、きっと購買までスピードを落とさずに辿り着いただろうに何故、と考えた所で普段からあまり購買を利用した事のない自分では判る訳はないだろう。早々に問い掛けた答えは、重苦しい溜息とセットで落ちてくる。
「金が無い」
「…購買に走ったんじゃないのか?」
 哀れだ、とは声には出さず、けれど視線に混ざり込んだ自覚があった。
 思い出せば翌々と金欠を口にしているクラスメイトが育ち盛りの食欲を毎日購買で満たしていれば、それなりの金額にだって達していよう。金欠にもなるというものだ。…購買に辿りつく前に普通は気付くものだが。
 どうしたものか。
 転がっている訳ではない、と判りつつも答えを求めて視線を辺りへ彷徨わせていると、丁度購買から戻ってきた所だろうクラスメイトの姿が視界に映った。今、目の前で項垂れている男と同じ背格好だ。
 双子のようなもの、だと言う相手は確りと昼食を手にしている。
「…お前ら、小遣いは一緒なんだろ?」
 お前ら。
 複数を指す言葉は男にとって誰と誰だとスグに理解され、何とも言えない複雑な表情が頷きに動いた。不承不承と逃げる視線は、自分の無計画な金銭管理を嘆いているのだろうか。
 それとも、テストの成績が良ければご褒美で小遣いアップ、なんて方式が取られているのかもしれない。その方式で言えば、確実に男の小遣いは毎月同じものか、いっそ低下していくだろう。
 他人様の家の事情に踏み込むつもりはないが、うっかり何かを垣間見ようとしてしまった気がして肩を竦めながら溜息に揺らした。
「食べるか?…白飯だけど」
 美味そうに昼飯に喰らいつく姿を毎日のように見ている身としては、耳を垂らしてオアズケを命じられた犬のようなクラスメイトの目の前で食事するのも気が引ける。最悪、今から自分の分を買いに行っても良いし、昼食を一度抜いたくらいで支障は出ないだろう。
 軽く投げた言葉へ勢い良く飛びついたクラスメイトが、がばりと抱きつくように机を挟んで背中へ腕を回す。
「ジュニア!大好きだ!」
「はーい、ストップ。あんまり高崎に餌付けするの、止めてくれないかな?」
「餌付けって…」
 高崎の肩越しに、笑みを貼り付けた双子の片割れが立っていた。兄なのか弟なのか、そう言えば聞いた事は無かったと今更に思う。
 両腕でしっかりとクラスメイトを抱きしめた儘の高崎が、顔だけを振り向かせて自分の片割れをキッと睨みつけた。抱きしめられた儘のジュニアの頬に高崎の短い黒髪がさわさわと触れる。
「うるせー!お前なんか知らねー!俺が飢えてひもじい思いをしてんのに見放しやがって!イイんだ、俺にはジュニアが居る!」
「無計画に散財する君が悪いだけじゃない。それも毎月、同じ目にあってるのに進歩しないなんて、本当に君って人間?猿じゃないんだから、少しは学ぶべきだろう?」
「ッ…そりゃ、計画とか…してねぇ、けど」
「考えなし過ぎるんだよ、君は。後から絶対後悔するくせに、そんな事さえ学習出来ないの?」
 言い過ぎだろう、と言葉を挟むべきか悩んだ数瞬、抱きついてきた時と同じくらいに勢いよく高崎が離れていったのが判った。行動の一つ一つが突飛過ぎて、反応が遅れてしまう。
「だって、お前と一緒が良いじゃん!」
「…は?」
 フッと、空気的な意味で諦めに似たものが胸中を過ぎったのは直感に近い。だが、それが正しい自信は教室に居た誰もが思っただろう。
 騒ぎの中心で巻き込まれていたとしか言いようのないジュニアは「自分は空気だ」と自身へ言い聞かせ、何も考えずに白く輝く御飯へと視線を落として箸を手にした。既に冷めてしまっているが、産地を厳選した農家直送の米を使用しているだけあって、ご飯自体に味もある。おかずが無いから米の甘みだって判ろう、とは絶対に言わないけれど。
「美味いのはお前にも食わせたいし、珍しいのとか、…お前に見せたいって思ったら買っちまうんだ、よ…」
 嗚呼けれど今日は、頼んでもいないのに激甘なオーラが米の甘みを更に深くしている。胸焼けを起こしそうなくらい。
 梅干か、せめて醤油だけでも欲しかったな。とは、やはり言葉にはしないで胸中だけに留めておいて、弁当箱の半分ほどを片付けた頃には双子みたいなものだと言う二人のクラスメイトは先ほどまでの喧騒を引っ込め、仲良く購買のパンを手にしていた。傍迷惑過ぎる。
 あれ、と今更のように驚いたような声は、嬉しそうに昼食を取る高崎の隣りへ座った双子の兄だか弟だかの方からだ。
「もしかして、今日は手抜き?」
 寝坊したの?
 おかずの「お」の字も見えない弁当箱を遠慮も無く覗き込んでくる視線なんて今更気にするのも面倒で、自分の席の前の席へ陣取った相手を一瞥だけしたジュニアは白飯の咀嚼を続けた。クラスメイトに初めて知られた時の驚いた顔が記憶を過ぎる。
「…別に」
「君のお兄さんが作ってくれてるんじゃないの?」
 そこまで知っているなら中身だって知っているだろうに、言い返すのもまた面倒になって、弁当箱の蓋と一緒に横へと避けていたものを相手へ見えやすいように翳す。
 淡い黄色の卵焼き、お弁当の定番な赤いウィンナー、一口大のから揚げ、彩り豊かなポテトサラダ、ごぼうとレンコンの金平。
 …が写った、一枚の写真。
「……えと…、美味しい?」
 知っているだろうに、さすがに実物を見せられて言葉を一瞬失ったクラスメイトの困惑した表情へ、逆に悪い気がして「まぁ」と小さく返した。同じタイミングで、ガラリと後ろの扉が開く。
「あ、もう食べてたんだ…今日は僕もお弁当だから待っててって言ったのに」
 そう言いながら片手に持った巾着袋を掲げ、足早に近寄ってきたクラスメイトへ高崎が顔を上げる。お弁当、の言葉に反応したのだろう。
「…俺より、お前の方こそ無理して合わせる必要なんてないぜ?俺は慣れてるんだし…」
「へぇ、一緒にお弁当なんて、君たち仲良いんだね?」
 にっこり、笑顔を呼ぶ見本みたいな表情を浮かべる片割れに同意した高崎が頷いて少しだけ羨ましそうに視線を落とした。主に弁当箱へ、だが。
 色々と錯綜している視線を気にする事を放棄した男は、否定も肯定もせずにジュニアの隣りの席へと腰を下ろして弁当箱を広げる。細い外見に見合わず、存外に量の多そうなそれへ双子のような者たちが首を傾げた。仕草は、やはり似ている。
 比べる対象は敢えて一般的なお弁当で、と前置きするが、おかずが多めの弁当箱を広げたクラスメイトは何も言わずに蓋へとそのおかずを分けていく。
「んぁ?ジュニアのおかずは、根岸が作ってんのか?」
 片割れに分けて貰った昼食を食べ終えた高崎が尋ねる直球な言葉に返す言葉を迷って、ジュニアが苦く笑った。眼鏡のフレームを指の背で軽く持ち上げ、京浜東北もとい根岸はおかずを載せた蓋をジュニアの前へ置く。
「育ち盛りの高校生が栄養の偏りすぎた食事を摂っているのを毎回隣りで見せられたら、まぁ気にもなるよ」
「別に、夜とかは普通に食ってんだし」
「夜までこんなだったら、あの上k…教師を疑うよ」
 確かに、と一体どれに納得しているのか、クラスメイトの双りが深く頷いた。
「っていうか君、料理出来るでしょ?自分で作ったら?」
「なぁ、この写真って誰が作ったやつ?めちゃくちゃ美味そう!」
「どうせ君、朝ご飯も食べて来てないんだろ?本当、自分には頓着しないんだから!」
 同時に喋られて、うっと奥歯を噛み締め息を詰める。
「…弁当作るって言い出したのは兄貴だし、朝は…食べてねぇ訳じゃねぇよ。写真のは前に俺が作ったやつ、だけど」
「この、お弁当の手本!みたいなのを作れるくせに白飯弁当を食べる気が知れないよ!」
 拳を握って熱弁でも始めそうな勢いのクラスメイトに気圧されて、罰の悪い表情を背けては視線を逃がした。心配されての言葉だと判るから、無碍にも出来ない。
 それでも大袈裟過ぎるだろう、と溜息に乗せた。
「でも、米の研ぎ方も知らなかった兄貴が一人でご飯を炊けるようになったんだぜ?普通に美味いし、兄貴も同じもん食ってるし、別に騒ぐような事じゃ…」
 そこまで言って、不意に自分へと向く視線の生温さに気付く。
 呆れを通り越した表情が2つと、純粋に驚いている顔が1つ。居心地の悪さで、行儀が悪いとは判りつつも箸の先を軽く噛んで沈黙に耐えた。何だよ、と呟いて眉を寄せる。
「…おかずはブラコンだったね」
「ご飯炊けなかったのか、へぇ…」
「とっくに偏りまくってたか、知ってたけど」
 大袈裟に溜息を吐いてそれぞれの昼食(1名つまみ食い)へ戻っていく様に釈然としないものを抱きつつ、反論して話題を蒸し返すのも面倒だと自分も残りの白飯へ箸を伸ばした。
 そんな遣り取りがあった後も、クラスメイトからおかずの差し入れが続いている事を、件の弁当製作者は知らない。



[ ] 2012.0301/当サイトはジュニア料理上手をPushしています!