犯罪っぽいです、それ。
 言い出せない言葉を胸の奥で飲み込んで、普段からは想像の出来ない壊れっぷりを披露している上官の姿を呆然と眺めた。うん、壊れてる。
「喉は渇いていないか?」
 見えないフリをしよう。


 所謂『かくかくしかじか』と言うやつでジュニアだと結論付けられた子供を連れて、俺は今上官室に居た。正直、近寄りたくもない場所だが、夜勤明けで今日はもう帰って寝るだけの俺が一番動きやすいと言われれば仕方ない…のか?
 ッとりあえず、朝の通勤ラッシュで色々とドタバタしている時間だからこそ余計に目立たないようにこっそり、青少年健全育成なんとかに軽く引っ掛かりそうな格好をしている子供と手を繋いでドアをノックした。残念なことに、今日に限って上官は勢ぞろいだ。
 朝一のミーティングの途中だったのだろう、椅子に腰かけた7人の視線が一斉にこっちを振り向く威圧感じみた気配に背筋が真っ直ぐ伸びる。
 何か言わなければ、と開いた口から空気さえも出ていかなくて躊躇っている俺を訝しんだ東海道上官が、思いっきり不機嫌そうに眉間へ皺を寄せた顔をこちらへ向かせた。
 背中に冷たいものが流れる。
「…まさか、っ!?」
 一瞬、目の前を何かが通り過ぎた気がした。
 何だろうか、と悩む必要もなく颯爽と近寄ってきていた上官は、流石は新幹線なスピードで俺と手を繋いでいた筈の子供を掻っ攫い、椅子に座らせ、その姿を舐めるように見回せば何か納得したように頷いて口を開いた。
「私とジュニアの子供か!」
「「なんで!?」」
 思わずツッコミを入れてしまったのは俺だけじゃなく、裏手付きで山陽上官も同じことを言っていたようだ。元から無口な東北上官や山形上官は言葉にはしていないけれど、その表情が珍しく驚きで目を見開いている。
 うっかり信じてるっぽい長野上官に、そんな筈はないと言うべきか悩む俺の視界に見慣れた背中が入った。
「…違うんじゃない?」
 深緑色の制服を肩に引っかけただけの上越上官が、その微笑みを絶やさない儘に子供の顔を見下ろして双眸を細めている。明らかに居心地の悪そうな子供を助けに行くべきか、俺の判断を鈍らせる上越上官の不機嫌オーラが離れている俺の足に絡み付いてきて正直逃げたくなった。
 理解の追い付かないまま、首を傾げる幼い上官が「違うんですか?」と確かめる言葉を告げる。とりあえず、このボケが飽和している空間に彼を長く居させてはいけない。
 腕を組み、口角を引き上げて上越上官が嗤う。
「だって、東海道とジュニアじゃ生まれる新線なんて無いだろ?」
 それ以前に、東海道上官もジュニアも男です。新線が二人の子供って意味なら、京浜東北がジュニアと宇都宮の子供にな……って、そんな話も昔あったなぁ…何かめちゃくちゃ怒られたけど。轢かれそうになったけど。ってかそんな本気で否定しなくても冗談だっつうのにアレからその話題はタブー扱いだもんな。
 不服そうに、けれど何か納得するような様子で東海道上官が「そうだが…」と引き下がる。まぁ、しっかり手を握ってるから引き下がってはいないけど。
 事態の収拾に付き合う気がない秋田上官が早々に離脱してお茶を淹れに行ってしまったのを横目に、とりあえず俺の存在を忘れている気のする上官達の中で唯一と視線を合わせて苦笑した山陽上官の方へ事情を説明しようと足を一歩踏み出した。
 踏み出して、床に足を付ける前に上越上官が俺の腕を掴んだ。
「だから、ジュニアと高崎の子供なんじゃないの?湘南新宿ライン」
「え、うぇぇぇええ!?」
「貴様ぁぁぁあああ!」
「ちょ、待っ、落ち着いて下さいッ!」
 何で俺が胸倉掴まれて振り回されなきゃなんないんだよ!
 明らかに不機嫌なオーラを放ちながらも顔は確りと笑顔な上越上官に腕を組まれ、勘違いで激昂している東海道上官に胸倉を掴まれ、椅子の上でポカンと目を丸くしている子供と目が合った。
 目元なんかジュニアそっくりー、髪の分け目はジュニアも高崎も同じだもんねぇ、男の子はお母さん似って言うからジュニアが生んだのかーとか現実逃避してないで助けて下さい、山陽上官!目が死んでますって!!
「違ッ、俺じゃな…!」
「落ち着け、東海道。上越」
 がし、と東海道上官の背後から動きを封じる山形上官、上越上官の肩を軽く叩く東北上官の落ち着いた声に救われた心地がする。
「…高崎じゃないなら、ジュニアと宇都宮の子供かもよ?」
 ちょ、何でそう爆弾を何個も投下出来るんですか、アンタ!
「否ッ、東北上官、これはですね…!」
「…ああ、判っている…説明を頼む」
 判ってるなら何で、子供の顔を凝視してるんですか?ってか声が震えてますよ?東北上官が取り乱してるのなんて初めて見たぜー…と俺が現実逃避する時間がそう何分も続けられる訳がなく、結局俺は子供を発見してから今までの事を全て説明する羽目になった。





「ふぅん…まぁ、君たちがジュニアだって結論付けたんなら、それで良いんじゃない?」
 興味無い、と言わんばかりの表情で秋田上官の淹れたお茶に口を付けた上越上官が組んだ足に頬杖を付く。
「ぶっちゃけ、俺らよりお前ら在来達の方がジュニアとの付き合いも長いからな……でも、まさかジュニアの子供時代なんて」
 しみじみと呟く山陽上官が子供の頭を撫でようとして、東海道上官に手を払い落された。嗚呼でもジュニアの(生んだ)子供って勘違いしている時よりは落ち込んでねぇか。それでも涙目である事には変わりねぇけど。寧ろ、東海道上官が生き生きしていてキモ…もとい、見てはいけないものを見ている感覚だった。
「ふふん、本線はどんな姿だろうと本線だからな。私には判るに決まっているだろう?」
 ぇーと、きわどい格好した子供を膝の上に乗せて得意げな笑みをしないで下さい。まるっきり犯罪に見えます。ってか、いつもとキャラが違い過ぎます。それに最初思いっきり間違ってたじゃ――
「でも、どうしてこうなっちゃったのか判らないんだよね?」
「へ…あ、はい」
 唐突にまともな意見を聞いて思考が追い付かなかった俺の心中を察してか、山形上官が目線を合わせて頷いた。はい、もうアッチは見ません。
 携帯とかデジカメとか取り出し始めた方は見ないようにして、宇都宮の話題で一瞬取り乱していたのが嘘のように落ち付いている東北上官達の方へ寄った。長野上官は色んな意味でストッパー要因として子供の傍に居る。
 秋田上官の問いに、改めて言葉を返す。
「とりあえず私たちの中で同じような経験をした者は居ませんでした。西や私鉄ではどうか判りませんが、噂の類は聞いた事がありません」
「年を取る、と言うなら判るが…」
「そう言えば懐かれてるみたいだったけど、面識ってあったの?」
 あのテンションの大人たちに比べれば懐かれもするだろう、なんてハッキリ言ったら後が怖いから微かに視線を逃がして頬を掻いた。正直、懐かれている気はまったくしてねぇけど。
「存在は知っていましたが、面識はありません。…一大国家プロジェクトが相手なんで」
 最初の、と言う名を負った鉄道が居た事は知っていた。俺や宇都宮みたいな特異な存在への認識が、その『最初』のおかげでスムーズに出来たのだと知ったのは後からだったけれど、国って組織に囲われて外に出ることのなかったソイツと正式に顔を合わせたのは暫定開業から大分後だったのを覚えている。
 軽く120年以上前の記憶になる話に居心地が悪くて、背筋を伸ばした。
「あの子供…ですが、中山道ルートでの建設予定だった記憶までしかないので、1886年7月より前と考えられます」
「へぇ、だから高崎に懐くんだ?」
 ひ。
 咽喉から出そうになった悲鳴を飲み込む。
 当たり前みたいに俺の背後から顔を出した上越上官が、俺の肩に顎を乗せて笑んだ。デジカメ撮影に満足したのだろう。
「軽く明治史か…」
 秋田上官が物言いたげに眉を寄せて、そっと視線を逸らした。東北上官もこっそりカレンダー見てるし。何だろう、俺は悪くない筈なのに居た堪れねぇ…!
 頤に片手を添えて少しだけ悩んだ山形上官が小さく頷く。
「んだら、今日はとりあえず様子見ぃの為にも自宅待機だずな。シフトも調整済だんべ?」
「Yes,上官」
「高崎、任せられるか?」
 東北上官へと視線を遣ると、申し訳なさそうに眉尻を下げている顔があった。
 上越上官が背中から離れる。
「高崎が小さくなったなら、僕が面倒みてあげるのに。残念」
 …俺は何も聞こえませんでした。
「ジュニアのシフトは現在調整中ですが、急病という事で各社には連絡済みです。私は夜勤明けで調整の必要がないので、責任を持って社宅まで連れて帰ります」
 寧ろ、それ込みでアイツらに押し付けられたって自覚済み。何でよりにもよって点検で徹夜だった俺が、とも思わないでもないけど仕方がない。…仕方ないって何だろう。嗚呼くそ、上官室に居る緊張で紛れてたけど、眠気が限界過ぎてるっつうの。
 後は任せました、と頭を下げれば眠気の所為で貧血みたいな眩暈に足がふらつく。が、こんな所でぶっ倒れたらと思うと怖すぎて意地でも踏ん張り、カオスになってる子供の方へと振り向いた。
 見たくなかった。
 とりあえず、良い年した大人が都の条例違反ギリギリな格好してる子供に鼻の下伸ばしてデレてる姿だ。上官orz
「て、鉄道!」
 名前の無い子どもは、そう呼ばれるとパッとこっちを振り向く。
「報告が終了したから戻るぞ」
「判りました」
 頭を撫でられたり写真を撮られまくったりと災難だったろうに少しも気にせず、引きとめようとする大人たちの間をすり抜けて俺の隣りまで来た子供は綺麗なお辞儀をして「失礼しました」鈴の鳴るような声で告げた。
 慌てて俺も続け、扉を抜ける。その部屋を後にしてから聞こえてくる喧噪は聞こえないフリをしていると、軽く裾を引っ張られる。
 足を止めると、自然な動作で手が繋がった。
「…たかさき」
 どうした、と大分低い位置にある顔を見下ろす。
「一体、あの人たちは誰でしょうか?」
「…それ、言うんじゃねぇぞ?」


きっとショックで込むから。


[ ] 2012.0306/上官は通常営業です← << back / next >>