冬シーズンに向けた東海のCM撮影がある日、前日の業務を東海で終えていた東海道本線は休日だった。
西と東と東海の3社に跨った長い路線だが本拠を東海に置く彼の休日は、多くがこうして東海エリアでの業務明けになる。
次の日は休みだからと言い訳にもならない言葉を楯に前日も残業を重ね、連日のそれで削られていた睡眠を取り戻そうとした体が目を覚ましたのは昼も近い時間だった。休みの日でも規則正しく生活するのが常だった彼にとっては、何となく居心地の悪い思いでカーテンを開けて太陽光を浴びる。
曇り空、とまではいかないが、空の高い所が薄い雲に覆われた天気だった。冬には多い見慣れたそれに肩を竦め、一番寒い朝方を脱して幾分も温い気温の部屋を一思いに換気する。
一人暮らしの為に必要な最低限のものが取り揃えられた宿舎は、3社それぞれに用意されている。もともと長距離の路線は業務上に必要なため、始発駅周辺や終着駅周辺に宿舎がそれぞれ用意されていたのが営業形態を変えても残っているのだと考えれば不思議でもないだろう。
枕元の携帯を引き寄せ、運行状況をチェックする。
東海道本線の休日は、同僚に言わせれば面白みのない、真面目でつまらない、躍動的とは真逆のそれだった。
仕事の為の資料を読み、部屋の掃除をし、必要ならば買出しをして、隙間時間に同僚が貸してくれる本や雑誌やCDの類を眺める。テレビの類をあまり観ない反面、流行に明るい同僚や上官が居るため自分から逸って関心を持たずに勧められたものだけ目を通すのが常だった。
その中でも面白いと思ったものだけ、続きや関連商品を探してみる。
朝・夕の食事は自炊が多かった。栄養がどうと言うよりも、永い一人暮らし生活を続けていれば外食でいちいち出掛ける方が面倒だと行き着くのに理由はいらない。何処にお嫁に行くつもりだよ、と同僚が揶揄る程度には料理の腕前も悪くないついでに掃除や洗濯の類もソツなくこなすのだから言われてもしょうがないと、他の同僚も同意した。
いつもと変わらぬ休日を、けれど半分も寝て過ごしてしまった違和感に自分自身へと呆れながら掃除を終えた本線がベッド脇に置いていた紙袋から中身を取り出してベッドへ並べてみたのは気紛れだった。
「明日休みなんだろ?」
彼の休日の過ごし方を知っている同僚が押しつけてきた紙袋は、冬のシーズンに向けて旅行特集の組まれた雑誌や、最近発売された流行の雑誌が入っている。キャンペーンの参考にもなるし、とそれなりにチェックの対象だったそれらを読んでおこうか、と思っていた矢先だったので感謝して借りたもの達だ。
人気のモデルや俳優が雑誌を飾る大判の雑誌を並べ、どれから読もうかとアオリ文を軽く眺めていく。
「…クリスマス、か」
流行の先取りが基本スタンスとされている雑誌は、どの誌面も足並みを揃えて来月や再来月の目立ったイベントに焦点を当てていた。まだ早いだろうに、と思うよりも待ち遠しいと思う人の方が多いし購買意欲があるからか、と冷めた視線を送ってしまうのはクリスマスとやらに特別な思い入れが無い所為だと自分を嗤う。
数冊の雑誌をパラパラと眺めた。
キラキラとした紙面の多くがデートスポットやプレゼントにお勧めの流行もの、デート勝負服などを並べている。その中で不意に目が辿り着いたのは「冬と言えば」と銘打たれたランキングだった。様々なCMのタイトルに並んだJR東海の文字。
ジングルベルを鳴らすのは恋人のアナタ。
以前から『シンデレラタイム』として遠距離恋愛の恋人が週末を一緒に過ごす為に金曜の夜の新幹線を薦めるコマーシャルを流していたが、同じように「クリスマスは恋人と一緒に」というコンセプトで作られていた筈だと思い出す。使用している曲の耳に残る歌や起用した女性タレントが後に女優として有名になったりといった効果で人気があるそれは、確か今冬用のものが今日撮影だったと思い出したのは偶然だった。
最近では新幹線ホームの混雑と警備の問題で撮影を遠慮し、駅構内や周辺をバックにしたものが多くなっていたが今回はホームを使用すると教えてくれたのは兄、東海道新幹線だ。小さく漏らされた呟きは愚痴のようだったと思わなくもない。
ホーム内での混雑敬遠の為に終業間近の時間、ファンや見物客といった乱入・侵入しようとする者を憂慮しての警備員配置。自社CMだから負担費用が、と言う会話は互いに飲み込んで、つまりは、今日は残業なのだ、と締めくくられていた。
東海に居る時はなるべく一緒に食事をしていたけれど今日は無理だと言う事ばかり覚えていて理由はすっかり忘れていたので、とつとつと思い出してきたそれに何となく肩を竦めるのに意味はない。見学でもするか?とクッと笑っていた兄を思い出しては雑誌を閉じた。
→続