「ジュニア、付き合ってくれ!」
 部活終わりなのだろう、陸上用のユニフォームを着たクラスメイトが前触れもなく言い放った言葉は本人が思っているよりも大きく、周りに響いた。
 春休み中の為、部活動と言うよりも自主練習の場となっている弓道場の後片付けを終えて出てきた中央と目が合い、驚くよりも哀れむような色が過ったのを見つける。もっとも、普段なら不特定多数が歩き回っている校内で居合わせたのが知り合いなのだから良かったと思うべきか、と小さく苦笑を洩らした。
 対峙したクラスメイトは真剣な顔で、俺の口辺を見つめている。
「…判った」
 常なら相手の目を見て話すくせに。呆れを通り越して微笑ましささえ覚えそうになって、緊張に青褪めた顔を見返しながら頷きを返した。
「え?」
 驚きに見開いた眼が漸く俺の顔を映す。
 低い方ではないと自負する俺よりも長身の肩越しで「やれやれ」と肩を竦める鮮やかな金髪のチームメイトが見えた。そこからでも、俺の顔が笑っているのが見えるのだろう。
 人をからかう趣味なぞ無いが、確かに楽しい事は認めそうだ。
 クラスメイト―――高崎は、自分が言った言葉を反芻して慌てたように無意味な身振り手振りを付けて言葉を探す。
「ちょ、な!付き合うって、職員室までーとか教室まで一緒に!って意味じゃねぇぞ!?俺のはアレだ、男女が付き合うって意味で…って俺もお前も男だから、ちょっと違ぇけど…じゃなくてッ」
「恋人みたいに、って事だろ?」
「そう!それだ!」
 焦って言葉を詰まらせ、パニックになっている思考を隠せずに晒す姿が居た堪れず助け舟を出してやれば、光明を得たかのような笑顔で飛びついてくる。まるで子供のようだ、と口から出そうになって、けれど本人が気にしていたのも知っているから胸中に留めた。
 あまりからかってやるな、と近寄ってきた中央に釘を刺される。
「ジュニアは俺とつ…付き合っても良いのか?」
 なんか日本語おかしいぞ。
 告白だと思われずに終わるか、俺が驚いて動揺するか。恐らく高崎も、高崎を焚きつけた奴ら(予想は簡単につくが)も、そう返されると踏んでいたんだろう。
 折角の長身を丸めてこちらを伺う視線に、バカだな、と小さく漏らした。
「勿論、返事はYESって言ってるだろ。じゃあ、またな。Happy April!」
 ポカン、と間抜け面を晒す顔に苦笑を一つ。隣りに並んだ中央へ軽く挨拶をして、その場を後にする。ちょうど校舎の角を曲がった所で漸く意味に気付いたのか、高崎の叫ぶ声が聞こえた。



□■□■



 そういえば、と夕飯を終え、ソファに座って難しい顔でクイズ番組を眺めている兄貴へ他愛もない会話の一つとして帰り際にあったクラスメイトとのことを告げてみる。
 対面式のカウンターキッチンと繋がっているリビングまで聞こえるように、夕飯の片付けをしながら掛けた声は少しだけ大きい声を意識した。相槌が返ってくることは稀だけれど、聞いてくれているのは今までの経験上知っている。
 洗い終えた皿を拭きながら、思い出すように白昼での告白劇を苦笑いで話した。
「―――まぁ、エイプリルフールに告白する奴なんて居る訳ないしな……驚くってより、寧ろ可哀想に見えたっつうか」
 付き合ってくれ、なんてお決まりの文言には似合わない蒼白の顔。周りに誰かが居るのも気にしない短慮を思い出しては込み上げてくる嗤いに、小さく咽喉奥が震える。
 不意に、隣りへ並ぶ気配がして反射的に顔を向けた。
 視界の隅にあった筈の背中が見えなくて、代わりに真剣な顔がすぐ隣りにあった。神経質そうに顰められた眉、真っ直ぐに向けられた強い眼差し。その綺麗な黒曜石に写り込んだ自分の顔が強張っているのが判った。
 囚われてしまいそうだ。
「っにいさ、」
「結婚しよう、東海道」
 あと一歩で完全に触れる距離で、兄さんは俺に触れてこない。同じ高さではない目線が下から覗きこんできて、それに縫いとめられてしまったように足が動かない。
 何を言い出すのだろうか。見つめ返して待っても、冗談だと、続いてくれない。
 ふ、と彼が嗤いを零すまでの時間が永遠にも思えた。
「…クラスメイトとやらの告白には返せて、私のプロポーズには返してくれないのか?」
 双眸を細め、ツイと微かに逸らされた黒曜石の真剣さを俺の中に残しておきながら。
 拗ねるような小さな声が限られた者しか知らない彼の素を思い出して、詰めた息を吐く。
「まさか、アンタ…ヤキモチ妬いたのかよ?」
 違う、と反論でも返って来るだろうかと思ったけれど、予想外にも拗ねた顔が肯定に歪んだ。子供のような。
 欲しいものを欲しいと言えた、幼さゆえの傲慢。
 大人の顔をした男は、真っ直ぐに俺を見つめながら頬の近くまで手を近付けてきた。体温を感じられそうな程近くに添えてくるくせに、本当に触れては来ない。子供のように振舞った時でさえも頭のどこかが待ったを掛けてしまうのは、大人の傲慢。
 添えられた手に自分の手を重ねて、頬にくっ付けた。
「返事なんか判ってんだろ?YESだよ、勿論」
 少しだけ腰を屈めて、目線を同じ高さにして合わせると待ち望んでいたように彼の表情が穏やかに笑みへ緩んだ。似ていると言われる顔は兄さんの方がちょっと童顔で、笑うと益々幼い。
 そうか、と安堵の息交じりに漏れた声へ小さく笑った。
「結婚しよう」
 永遠に傍で。
 甘い甘い誘惑の言葉に笑顔で応える。
 今日が終わってしまわないように願いながら、今日だから言える言葉に溺れた。



[ ] 0418.12'up / 弓道部カンケーないしwww