朝、マナーモードにしていた携帯電話にメールが届いているのを見つけて二つ折のそれを開く。寝ボケた視界でも慣れた指先はボタン操作を誤る訳もなく、開いたメールは同じ部活のチームメイトからだった。
 曰く、今日の部活は朝7時集合だとの事。
 連絡網としては俺のが先に回ってくる筈だけど、メールの時間が夜中の2時だったから俺の寝付きの良さを知っているチームメイト達が最後に回したのだろうとも考えられた。ってか、考えてる時間が惜しい。
 いつもなら8時半集合の部活が1時間以上も早まるなんて予想外だ。そしてついでに、今が7時ジャスト。寝起きの脳みそだって跳ね起きる事態に、温かい布団の中から断腸の思いで起き出した。
「…あれ?今日は早いね?」
 先に起きていた宇都宮が珍しいものを見る目で首を傾げる。
「今日7時からだって常磐からメール!どうせならお前にもメールしてくれりゃ良かったのによ…!」
「僕に起こして貰おうとするの、いい加減卒業しろ事じゃない?…って言うか今日は――」
 チラっと壁に掛けられたカレンダーを眺める意味深な視線に俺もそっちを見れば、ちょうどカレンダーの上に掛けてある時計が7時10分になった。ヤバい。遅刻は時間によって罰走の周回が増えるってのに。
 朝飯も寝グセも諦めて宇都宮の横を通り抜け、靴を履く。慌ただしく出ていく俺の背中に、相棒の溜息が掛かった気がした。






――― そりゃそうだろう。見事にエイプリルフールの嘘に騙され、誰も居ないグラウンドに朝っぱらから全力疾走で駆け込むなんて忌々しいが『馬鹿』にしか見えない。
 大体、今日が4月1日だって認識するより前の寝惚けた時間に嘘を仕掛けるのはルール違反だろう、とは常磐の奴に散々文句言ってやった。本当に騙されたのかと笑いやがるチームメイト達も同罪だ!フォローしてこそのチームだろうが!
 1時間近く、何故誰も居ないんだろうかと悩みながらグラウンドで待っていた俺を指差して笑った常磐にはその後ずっと他愛も無い嘘を吐き続けてやった。今日はこれから雨が降るとか、昼飯奢ってやるとか、明日選抜テストがあるとか。
「…午後は雲一つない快晴で、お昼は慌てて飛び出したから無一文の君が奢って貰って、ついでに明日は部活も休みだったんでしょ?」
 愚痴るみたいに今日の出来事を並べていると、呆れを深く滲ませた溜息を洩らして宇都宮がテーブルの向かい合った反対側で箸を置いた。いつもは人に行儀悪いとか言うくせに、妙に迫力めいた雰囲気で頬杖をついて俺をジト目でねめつける。
 う、と言葉が詰まった罰の悪さに箸の先を噛んだ。
「…だってあの野郎、俺はスゲェ騙しやすいとか俺には絶対ぇ騙されねぇとか言うから…」
 悔しくて、って言ったらガキ臭いだろうけど、でもやっぱり悔しかった。別に嘘なんてつきたいと思わねぇし、つかなくて済むなら一番だと思う。だからって俺には出来ないみたいに言われたら何かムカつくだろう?
 同意を求めたところで無駄だと判っていても、お前なら判ってくれるだろうって思ってしまうのは悪い癖だ。悪い癖だけど、宇都宮だって似たような所があるから呆れるだけで、否定も肯定もしない。
 ジッと無言で凝視される居心地の悪さに視線をテーブルの上へ逃がして、美味そうなニオイのする夕飯を見つめた。
 野菜餃子、タケノコの煮物、卵スープ。学校が休みとかで時間がある時、宇都宮が作ってくれる飯は本当に美味い。自分が好きなものしか作れないとか言うくせに大抵のものは簡単に作れてしまう、それも味付けは俺の好きなちょっと濃いめ。女だったら良い妻になるだろう…とか考えたら性格が邪魔しそうだからオススメは止めておく。
 未だこっちを射抜く視線と目が合わないように俯いて、タケノコに箸を伸ばす。朝晩はまだちょっと肌寒いけれど、もう春なんだって思えるそれはやっぱり美味かった。
 宇都宮が小さく、溜息を吐く。
「高崎、好きだよ」
 日常会話のトーンで吐き出された愛の言葉に重みなんてなくて、ただ居心地の悪い視線が無くなっていることの方が俺には重大で、チラリと目だけで向かい側を見ると食事を再開する相棒の姿が見えた。俺も安堵する。
「おぅ、俺も好きだぜ……って、エイプリルフールか!」
 お前まで俺を騙そうとしやがるのかよ!壁掛けの時計とカレンダーを交互に確認してから宇都宮を見つめれば、意地の悪い顔がクツリと低く笑い声を漏らした。本当に騙しやすい、なんて声が聞こえた気がして怒鳴りそうになったけれど、食事中だからと堪える。メシを作ってくれた奴の前で騒いだらメシを取り上げられる可能性が大。あんぱん一個の昼飯じゃ足りなかった俺には死活問題だ。
 俺が怒鳴るだろう予想していたっぽい宇都宮が、ニィと笑んでいた目を薄く開く。
「嗚呼、今日一日で少しは学んだみたいだね?」
「うっせ。大体、その手は俺がジュニアに使ったしな」
 宇都宮が作る料理の中で俺が一番好きな餃子は、やっぱり美味い。ラー油をちょっと多めにした俺ブレンドのタレに浸して白飯とかっ込んで、少し、考える。
 単純な嘘。分かりやすくて、騙せたとしても嘘だって気軽に言えるような嘘。
 例えば今日の餃子は不味いとか?嗚呼でも分かりやす過ぎて、意地悪な所がある宇都宮には「じゃあ餃子は食べなければ良い」とか言われそうだ。口で勝てない奴相手に言うもんじゃねぇ。
 例えば、何が言えるか考える。
「…やっぱお前の作る餃子美味いし。お前、良いお嫁さんになれるな!」
 ぴくり、一瞬だけ大きくなった目はスグに笑みへ細められた。
「そうだね…そしたら、一人身寂しい君に貰われてあげるから後片付けはお願いするよ、旦那さま?」
「んー…あ。なぁなぁ、明日部活休みだから一緒に買い物行こうぜ?駅前に新しい店が出来たって…」
 不意に言葉が切れて、向かいあった顔と目が合う。同じ疑問に辿り着いたらしい呆れた表情に肩を竦める。
「それ、今日聞いた情報?」
「でも根岸だし…?」
 まったく、何て面倒な日だろう!日付変わったらスグに確認メールしてやる!
 白飯をかっ込んで「おかわり」と茶碗を宇都宮に渡した。騙される方が悪いんだよと笑いながらご飯をよそってくれる慣れた手つきを眺める。
 嘘でも嫌いだと言えない俺がお前につける嘘は、何て少ないのだろうかと嗤えた。



[ ] 0420.12'up / 如何せん薄暗いのは設定の所為だと思いたい(何)