曰く、休める時に休め、らしい。
師走に入れば年末までは駆け足で、乗客も増えれば事故やなんかも必然的に増えてしまう。その予防策を講じる為の資料だったが、これから先は殆どの在来が早上がりも出来ない多忙さに見舞われるのだと思えば京浜東北の言葉に重さも増した。
寒さが本格化してきた為に冬物の衣類の中から引っ張り出したダッフルコートを羽織れば、橙色の目立つ制服が隠れる。着替えは持ってきているけれど、最近の寒さに不貞腐れてしまった空調設備のロッカールームで着替えるのは正直、避けたいのが本音だ。
夕飯はどうしようか、携帯電話で時刻を確認しようと二つ折のそれを開けば、未開封のメールがあった。届いたのに気づかなかったようだ。
急ぎの用事であれば電話が基本。メールの相手なんて数える程しか居ないので自分でも珍しい気がしながら開封すると、更に珍しい名前が載っている。
「…に、いさん?」
在来に比べて比較的早い終業時間の高速鉄道は、ローテーションで早上がりのシフトを持つような面倒なことはしていない。もっとも、在来のように路線が多い訳ではないのだから出来よう筈もないが。
あまりメールを使わない兄、東海道新幹線からのそれに心臓が跳ねるのが判った。
何か事故の類でも起きたのだろうか、まさか体調が悪くて倒れてしまったのだろうか。
嫌なイメージばかり浮かぶ頭を緩く振って、深呼吸しながら本文へと視線を向ける。シンプルなそれには絵文字や顔文字の類など遣われず、文字だけだ。
| 件名「東海道へ 」 |
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鍋が食べたい。
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脱力して、その場にへたり込んだ。
スクロールバーが残っているのを見つけて、ロッカーに背中を預けながら携帯を弄れば、数行下には終業時間と場所が書いてあった。今日は東海じゃなく、東で終わりらしい。そして上官でもある兄に提出した俺の今日の業務も『東で業務』だ。トドのつまりは夕飯の誘いだろうか、と呆れに似た溜息が知らずに口から漏れた。
メールの着信時間は数分前で、あの頭の固い兄が業務中に私用のメールをする筈がないから今は休憩時間なのだろう。慌てて返信のボタンを押して、「分かった。」と打つ。
ちっとも温まらない風を騒音と一緒に送り込んでくる送風口を見つめて、少しだけ考えてから送る前のメールをもう一度開いた。
「部屋、暖かくして待ってるから」
その一文を付け足す。
送信ボタンを押して飛んで行ったメールの行方を思いながら送信完了の画面になるのを待って立ち上がり、二つ折の携帯を閉じてポケットへ仕舞った。どんな鍋にしようか。ついでに訊いておけば良かったな、と小さく笑いながら2時間弱後に逢える人の喜ぶ顔が見たくて悩んでみる。
本拠である東海に比べあまり使用頻度の少ない東での住まいの鍵は、兄よりは東に居る割合が多い俺が偶に掃除をしてやってくれと随分前に複製して渡された。兄が居ない時でも使って良い、なんて優しさも含まれているそれだけれど、在来達に用意されたものよりも広い其処を俺が使った事はない。掃除はしていても、兄が居ない時に上官である高速鉄道の部屋で寝るなんて出来ない。
真面目過ぎる、と同僚が笑ったのは何の話をしていた時か。頭が固い、と言いたかったのが判る複雑そうな声だった気がする。
だけど本音は、俺の我儘。あの人が居ないのに、あの人のベッドで寝るなんて寂しいだろう?
クツリと喉奥が笑いに揺れた。同じタイミングで、ポケットの中が小さく震える。今度は幾分も軽い気持ちで開封出来るそれを、防寒着を着こんで賑わいのある職員用通路を歩きながら開いた。
『腹が減っているから覚悟しろ』
「…は?」
足が地面に張り付く。思考が一時中断してしまう。
背中から追い抜いた職員の挨拶も耳を撫ぜるだけで反応が出来ない。鍋の具材をいっぱい買っておけって事か?肉とかつみれとか、がっつり食べたい?
擦れ違う人に訊いてしまいたい衝動と、訊いたら羞恥で倒れそうな予感に目元を片手で覆って画面から強制的に目を逸らした。深呼吸してから指を薄く開いて、隙間から覗くように続きがないのを確認して閉じる。返信を待ってるだろうか、と一瞬考えたけれど気にしてなんかやらない。近くのスーパーで大量に材料を買うから、とびきり美味い鍋を食べれば満足するだろう。…っていうか満足しろ!
半ばヤケクソな思考で夜空の下へと出れば、冷たい風が未だ赤いままの頬に強く吹きつけた。誰かさんのおかげで吹っ飛んだ筈の寒気が再び戻ってくる前に、帰り路を急ごう。
俺だってアンタが足りない、なんて恥ずかしい言葉、俺は絶対に言ってやらないからな。