「俺もジュニアの作ったおせちが食べたい」


 大阪の詰め所に顔を出した俺を見つけた途端、そう言い出したのは兄の同僚であり相棒、そして俺の西の上官でもある山陽さんだった。
 言われている内容自体は別に意味不明と言う訳でもなく、新年を迎えた初出勤が午後からの出勤シフトだった俺が、いつもなら兄や数人の知人と分けて食べている御節料理を忙しさで昼飯も疎かになっていそうな東の在来メンバーにお裾分けしたのが発端だろうと予想もつく。
 男子、台所に立つべからず。
 現代では古臭いとも言える言葉だけれど俺達の生まれを思えば何となく納得もしてしまうそれを気にしているのか、俺が炊事全般に手を出すのを兄はあまり公言したくないようだったので正直、自分でも料理をする云々は話題にした事がなかった。俺としては一人暮らし歴の長さを考えれば当然だし、今更と思いもするが。
 口止めはしなかったが、こんなにも早く広まるとは思わなかったと苦笑に混ぜて見遣った相手の表情は驚くほど真面目ぶっていた。鬼気迫る、と形容しても良い。
 ガタ、と椅子の引かれる音が狭くはない部屋に響く。
「…トイレー」
「そういや呼び出しが…」
「挨拶回りせな――」
 最初の物音に続けとばかり、まるで申し合わせたように一斉に周りの奴らが立ち上がった。言い訳のような言葉を口にしながら、皆一様に部屋を後にしようとしている。
 西は空気を読む事に長けている、と言って憚らない在来達が、面倒臭い事に巻き込まれないようにと蜘蛛の子を散らすようなあからさまな逃げ方をするのはどうだろうかと言ってやりたいが、当人じゃなければ俺もそっちに混ざっていた自覚もあった。自覚もあったけれど、だからって一人で残されてたまるものかと長年の付き合いになる山陽本線の袖を慌てて掴む。
 表情を変えずに真正面に立つ山陽さんの二の句に興味を持っているのは知り尽くしている相手の性格上、ほぼ確信だった。面白がって残る方に賭けた俺を振り返り笑った西の接続先は、けれど同様に俺の事を知り尽くして尚、面白がっている表情で袖を掴んでいた手をやんわりと外させる。
「今年も美味かったで。来年はキントン多めにしたってな?」
「…ちょっ、」
 さて仕事仕事。上官に軽く礼だけして扉の方へ向かった足は、呆然と見送る俺の視線に映るように軽く手を振って笑顔で「がんばれ」と言って消えた。
 山陽さんの沈黙が妙に怖い。
 段々と俯き、丸くなっていく所為で表情は伺い知れないけれど、何故だか酷く落ち込んでいるのだけは哀愁漂う気配で判ってしまう。
 年始の挨拶として菓子折りとか日本酒とか、律儀な奴はお歳暮もくれたのに年始も贈ってきたりする。高速鉄道となれば、在来たちや職員から貰ったりもしているだろうに食い足りないのだろうかと思うと呆れるような笑えるような気分だ。
 俺だって上官方には挨拶に回っているし、目の前で項垂れている人には兄の分も含めて御屠蘇を送った。その時は機嫌良く、イイ歳なのにお年玉を渡されそうになってきっぱりと断った腹いせだろうか。
 溜息が自然と洩れつつ、黙り込んだ山陽さんの顔を下から覗き込んだ。人工の光に薄く透けるブラウンに隠れた端正な顔は子供みたいに拗ねていて笑えてしまう。
「山陽さんが正月の行事的なものとか気にしてるとは思いませんでした」
 何度か食事に誘われて一緒した時も、多くが洋食だった所為か和食のイメージも無いしと告げると「そんな事ないって」と慌てたような声が反論してくる。迫力なんてない言い訳染みた口調と声は、やっぱり子供臭い。
 顔を上げてこちらを見つめる表情は、けれどスグに真剣なものに変わってしまった。
「年末年始も俺らは仕事だから正月って何するとか考えた事が無いだけで、お雑煮とかおせちとかは憧れてんの!」
「…まぁ、確かに大晦日も仕事して、次の日も仕事で顔合わせるから区切りって感じとかしないですよね…」
 家庭や家族のある職員たちとは違って、基本的には個でしかない俺達が誰かと繋がるのは仕事だ。例外の筆頭である俺と兄貴だって、正月三箇日中はスケジュールを調整して東や東海で仕事を終わらせて同じ場所に帰るようにはしているが基本的に仕事を休むなどと考えた事はない。
 それに、と視線が扉の向こう側へと向いた。
「東海道が食べるのは当たり前として、東で仕事初めだったからお裾分けが東だったのもしょうがないとしても!何で本線が美味しかったとか言ってんの!?来年って、毎年作ってあげてんの!?」
「拗ねた理由はやっぱりそれか」
「だって俺だけ仲間外れみたいじゃんか!」
 デカイ図体で大きな身振り手振りをされても邪魔臭いだけだし、その必死な姿勢をもっと違う所で発揮して欲しいと思ってしまう。主に仕事とか仕事とか。
 こうなるだろうと判ってて、わざと言葉を残して行った山陽本線の小憎たらしい笑みを思い出し、軽い眩暈を覚えたコメカミに手を添えて深く息を吐いた。
「仲間外れって、アンタ…子供じゃないんだから」
「子供でもイイよ!」
「良くねぇよ!」
 大体、御節なんて昔と違って最近じゃあ予約とかしなくても簡単に買えるのに、と返そうかと思って止めておく。皆と同じのを食べたいなんて明らかに子供染みた事を言ってる人に、これ以上面倒なことになりそうな話は止めておくべきだろう。
 呆れた心情を隠さない儘に、声にも視線にも込めてガキ臭い上官を眺めた。
 意味が判らない、と言わんばかりに小首を傾げるポーズは華奢な女の子か幼い子供じゃない限りは少しも可愛らしく見えたりはしないと思う。本気で。
「…判りました、来年は山陽さんの分も用意しますので」
「ホント!?やった!!」
 諦観も込めて呻くように了承の言葉を洩らすと、パッと表情を明るくした上官はそれなりに良い齢な外見を気にするでもなく大袈裟に喜んでガッツポーズをした。そんな宝くじで当選でもしたかのような喜びっぷりをされては、こちらとしても申し訳なくなってしまう。
「ぁー…そんな期待しないで下さいよ?普通に、身内で食べる用のものなんで、市販より見劣りするだろうし…」
 それ以前に、内容だって年末で色々と値上がりしていく食料品の中で安価な材料で作れるメニューなんだし。  漸くまともに立った山陽さんは、俺の視線に合わせて少しだけ顔を傾げながら普段から見慣れた笑みで「大丈夫」と繰り返した。その両手は未だにガッツポーズの名残か、握り締められた儘だ。
「……その期待に満ちた眼差しは何でしょうか?」
「今年はダメだったお詫びに、今晩御馳走してくれないかなぁとか?」
 だからデカイ図体して小首を傾げないで下さい、気色悪い。アンタ、無駄に女子社員たちからモテてるんだから、そうやってお願いしたら御節なんて作ってくれる人だっていっぱい居るんでしょうが。
「来年のは要らない、って事ですね」
「えー違うよ!今年の分ってこと!」
 慣れた顔で甘えた声を出す明らかに確信犯っぽい大人を睨んだ。
「…アンタ、山陽本線に御節のこと聞いてただろ?」
 顔を逸らしてしらばっくれる上官の姿越しに、いい加減に仕事へ戻らなくてはいけない時間だと気付いて今更だけれど立ち上がる。ちらちら横目でこっちを伺ってくる視線は無視した。
「今日は無理なんで、明日ってことで」
「え、あ、うん、明日でも良…って、イイの?」
 扉に向かった足を引き留める声へ軽く振り返り、時計をしている訳ではないが手首を指先でトントンと軽く叩くように指差す。仕事に戻る時間ですよ、と暗に示したジェスチャーに慌てて山陽さんが壁掛けの時計へと顔を向けた。
「げ。ぇと、じゃあ後でメールするから、忘れないでね!?」
「Yes,上官」
 慌てて俺の横を通り抜けて駆け出す背中に走らないで下さいと言おうかどうか少しだけ迷って、何も見なかったふりをする。とりあえず山陽本線に何てお礼参りをしてやろうかと考えながら、俺も自分の仕事へと戻って行った。
 山陽新幹線がスキップしていたと職員が気味悪がっていたのは知らないでおく。



[ ]  2012.0106/リクエストありがとう御座いました!「山陽上官とジュニア」という事で西で上官っぽく……?山陽上官好きなのに、俺の山陽上官のイメージって何故かこうでしたorzお正月企画と言うことで、前回に続き御節ネタです。こんなのですが、リクエスト主様へ。ありがとう御座いました!!