昼を少し過ぎて漸く落ち着いたホームから出れば、福袋を大量に抱えた人や熊手とか破魔矢とかが紙袋から覗いている人が結構居た。忙しさ自体は休日のそれと変わらないけれど、それでも確かに年明けの気配を感じて妙な気持ちになりながら携帯を開く。
最近はカラフルに飾られたものが多くなった年賀メールも元旦が終わればぽつぽつと送られてくるだけで、祭りの終わった後の静けさに似ていた。
一番新しいメールを操作して、俺のメールボックスにあるのが何だか不思議な感じのする名前に目を細める。
「メシ、食ったかなー」
休憩時間には少し遅い時間を画面の端に見つけて、つい口から呟きが漏れた。電話だと仕事の邪魔とかしそうだし、メールだとアイツから返信が来るなんてレアな特典があるじゃん!なんて事は流石に言わないけど。
メールは簡素に打つ。勤務中なら尚更、業務以外のメールなんて読んではくれないのが判っているから。
少しだけ悩んで、指先を動かす。
「えーと…ひるめし、くった?……っと」
「まだ」
「うぇ!?」
送信ボタンを押した直後、画面に完了って表示される前の返事は正しく欲しかった言葉だったけれど、心臓に悪い登場ばっかりする上官と同じ声の掛け方はマジで勘弁して欲しい。声で誰かなんて判った相手を振り返れば、メールが受信したのだろう携帯をポケットから出す姿があった。
送信者の名前に俺が書いてあるメールを開いた画面をこっちに翳して、「またか?」って言うみたいに苦笑した顔で緩く首を傾げている。
「…今から昼?」
何で居るんだとか、何してるんだとか、そんな事よりも聞きたい答えに逸って尋ねた俺をしょうがないなぁって思いながらも邪険ににはしない静かな表情が好きだと思って見返した。
ジュニア、って慣れた呼称はいつの間にかこんなにも馴染んでいる。
短くない付き合いの同僚は眉間に軽く皺を刻んで、兄でもある気難しい上官に似た顔で溜息を洩らした。
「こんな所で突っ立って何してるのかと思えば…」
「こんな所って…駅ん中じゃん?」
それも在来の。
高速鉄道のホームでもなければ私鉄の駅でもない、俺が居ても可笑しくない場所だのにそんな不思議なものじゃないだろうって続ける前に俺の肩をグイっと掴んだジュニアに壁際へ引っ張っられる。通行の邪魔、口で言うよりも先に態度で示された恥ずかしさに、うっと言葉を詰まらせた。
下唇を軽く噛んで、鼻先にあるジュニアの顔をジッと見ながらワリィと零す。人通りの少ないとは言えない駅のコンコースで、目立つオレンジ色の制服が突っ立ってる図なんて考えたくはない。
見られたのが宇都宮とか上官じゃなくジュニアで良かったって思うとスグに表情が緩んでしまって、また呆れるみたいに溜息が洩れた。
何か言い掛けた口は声を発する前にゆっくり閉じて、携帯電話をポケットに戻しながらそのまま首が左右に緩く振られる。
「ったく……それで?」
お前らしいって、どう言う意味だよ?って聞こうか迷ったけど、小さい呟きだったしジュニアに言われる分には嫌な気分でもないから気にするのも面倒な気がした。何か悪い意味ならコイツはちゃんと教えてくれるし、ダメな事とかだってちゃんと怒ってくれる。どっかの性格捻じれまくってる奴みたいにからかったりなんてしないから、それを思うと気が楽だ。
次の言葉を待っている視線の前で、俺は両手をパチンと合わせて拝むような格好をした。
「昼飯、食べさせて」
「…食べさせて、なのか?」
一瞬だけ驚いて目を丸くしたジュニアが、怒るのも疲れたような微苦笑に眉尻を下げる。ちょっとだけ子供っぽくて珍しい顔が何か嬉しくて、俺も笑った。
「おぅ、だってお前の弁当が食いてぇし」
昼にコンビニや駅ナカで弁当を買うのが多いから、朝からそれっぽい袋を下げて出勤してくる奴は珍しい。それがイコール弁当で、ついでにジュニアのなら俺じゃなくても絶対、欲しがる奴はいっぱい居る。
朝からずっと気になってた弁当の話を告げれば、やっぱりちょっと困ったように眉を下げて視線を逃がしたジュニアが頬を指先でチョイと軽く引っ掻いた。
「金欠で昼飯も食えないのかと…」
そりゃ確かに給料日前は偶に一日一食とかになっけど、年明け早々に金欠なんて寂しいのは俺が勘弁。
お年玉をやらなきゃいけないような小さいガキも居なくなって久しいのを思い出しながら、首を振って訂正する。
「ジュニアと飯食いたいのも本当だけど、お前の作った弁当が食いたいのは、もっと本当なんだよ。お前の分の弁当は俺が奢るから、一緒に食おうぜ?」
「どんな口説き文句だよ、お前…」
スッと離れる腕を掴んで、ジュニアの顔を覗きこんだ。
「ダメか?」
「お前なぁ…!」
ぺし、と軽い音を立てて俺の額を叩いて、顔が近いとジュニアが唸る。その顔がほんのり赤くなってるのは、言わない方が良いんだろうと見なかったフリ。そうすればきっと、良い返事が聞けるんだ。
叩かれた額を大袈裟に擦りながら、横顔に「なぁ?」と告げる。ちょっとだけ不貞腐れるみたいに難しい顔をしても、ハァって詰めた息を吐いた後には優しい声で呼ばれるのを俺は知っていた。
高崎、って呼ぶ声。
「お前には敵わねぇよ…ったく、俺の弁当なんて残り物だぞ?」
それの美味さなんて、いつも食べてる本人に語ったところで判って貰える訳がねぇのは実証済み。正直に言えば適当に買った駅弁なんかより全然美味いんだけど、あんまり正直に言って交換条件の昼飯が高価なものに変っちまったら俺の財布のダメージがデカイから止めとく。まぁ、ジュニアはそんな意地悪しねぇだろうけど。
残り物上等!嬉しくなって肩を組めば、ちょっとよろけて「危ないだろ」眉を顰めたジュニアの顔がスゲェ近くにあった。
だって嬉しくてさ。
そう返すと、驚いて目をぱちくりさせて、そんで次にはゆっくり雰囲気が柔らかく解けていくみたいに綺麗に、笑った。花のように、なんて聞いたことのある言葉では足りないそれを、俺はただ綺麗だと思う。
スグ傍で、真正面に見たその笑みに動くのを忘れた俺を訝しんだ表情で打ち消されてしまった残像に勿体ないと胸中で洩らした。
「どうした?」
「んー何でもねぇよ。なぁなぁ、今度一緒に初詣行こうぜ!まだ行ってねぇだろ?」
正月三箇日中に行くのが初詣、とかそんな細かいのは無し。1月中って大きい神社とかなら厄払いとか受付してるし、今年最初に行くお参りなら初詣って事で。
ちょっとだけ考えるみたいに口元に片手が添えられるのを横目で見た。東海だけじゃなく西まで行くジュニアは、東京エリアなんかよりも有名な初詣スポットに詳しそうなのは今更だ。考えてくれるだけマシ。
…なんて遠慮染みたのは性分じゃねぇわ、俺。
「ぁ、今から行っちまうか!全員出勤してるし、遅延もねぇし!」
後から宇都宮の奴に説教されんのは覚悟するしかねぇけど。
首の後ろに回した俺の腕にぎゅうって頭を押しつけるみたいにして、ジュニアが俺を見上げるように睨む。
「俺にサボれって言ってんのか?」
まさか。笑う。
「じゃあ次の休み!ぁ、仕事終わった後に夜中行くのも面白ぇかも?」
仕事をサボるのと天秤に架けたりなんか出来ないのは知ってるけど、そんな風に言えばジュニアが折れてくれるのだって俺は知ってる。ジュニアも、判ってて肩を竦めた。
昼飯食いながら考えるか、なんて言って歩き出すからそれを追いかけて、俺の好きな甘い卵焼きが入ってる弁当の代わりに何が良いか周りを見回しながら。
在来の詰め所で広げた弁当にハイエナの如く群がる奴らから弁当を守っていたら、結局話なんて出来なくなるなんて知る由も無かった俺らだけど。