高速鉄道の詰め所は年始の挨拶に訪れる各方面の在来や職員たちで入れ替わり立ち替わりの賑わいを見せ、はっきり言ってしまえば面倒臭い事この上ない状態だった。
大体、大晦日にも顔を合わせているのに元旦だからって挨拶に回らなくてはいけないなんて面倒以外のなにものでもないだろう。もっとも自分だって上役サンに挨拶へ行かなくてはいけない立場だし、頭の硬い同僚に聞かれでもしたら只でさえ色々と混雑している運行スケジュールに支障を来たしてしまいそうだ。
胸中だけで愚痴に似たそれを呟き、おくびにも出さないスマイルを崩さないよう意識しながら詰め所の扉を開いた。きっと俺と同じくうんざりした顔を引き攣らせながらも笑顔を浮かべようとしている同僚が居るだろうし、と思いつつ実際に笑顔なんて浮かべている想像は出来なかったけど。
滑りの良い蝶番は音も立てずスムーズに開いた。
「ぁ、山陽、おかえりー」
一通りの挨拶回りが終わった為か、妙に馴染んだ雰囲気で集まっている面々に想像したほどの疲労は見えない。低気圧の影響云々で荒れた天気が続いた先月が嘘のように年末年始は穏やかな天候となってくれたおかげで帰省ラッシュもどうにか凌いだ余裕だろうか。ちょっと羨ましい。
弁当箱だろうかと見間違える、カラフルなタッパーの中身を箸で突いた秋田が幸せそうに目を細めている。
「…た、だいま?…」
主に休憩時などに利用している部屋は3人掛けと1人掛けのソファがテーブルを囲み、年代物のブラウン管テレビには某カメラで安売りしていた地デジチューナーが付けられ砂嵐をどうにか免れていた。書類棚、ハンガーラック、奥には小さな給湯スペース。
3人掛けのソファを長野と二人で腰掛ける秋田の姿は親子にも見えなくはないなと思いながら空いているもう一方のソファへ腰を下ろした。
対面する形の秋田の視線はタッパーの中から逸れない。
食事中の彼を邪魔した時に受ける報いを想像するだけで恐ろしい俺は早々に諦め、一人掛けの方で書類を眺めていた上越へと視線を遣る。
「なぁ、アレ何?」
定位置よろしく、一人掛けのソファで腕を組む我らが東海道新幹線の真剣な眼差しが秋田のタッパーの中に注がれている異様さを説明してくれないだろうか。
短い言葉の中に含まれたそれに気付いたのかどうか、これまたムスッと表情を曇らせている上越はソファの肘掛に凭れかかるように頬杖を付いて俺の顔を一瞥する。
「…やぁ、山陽。居たんだね、東北並に存在感が薄いから気付かなかった」
お前ら新年早々からケンカ中ですか。
ここで溜息でも吐き出そうものなら話がややこしくなるのを知っている俺は必死で、込み上げる溜息と言う名の呆れを飲み込んだ。お兄さんは空気の読める子!
細い眉をピクリと跳ねさせて、上越が肩を竦める。
「まぁイイや…それで、アレってどれ?」
双眸を細めた綺麗な顔の男が浮かべる表情は笑顔に見えた。その口から出る言葉が明らかに笑顔とミスマッチな不機嫌満載だと言う事を除けば、スマイルの点数は満点だろう。
どれ、と訊き返してくる言葉から静かに視線を逸らして室内をもう一度見まわす。
東海道の後ろに山形が立つのは慣れ過ぎていて違和感がない。座る場所空いてるんだから座れば良いのに、とは思うけれど。
秋田と長野はタッパーの中身にご執心で、見る限りじゃ殆ど食べ終えている様子。昆布の煮しめと黒豆、さっき食べてたのは野菜の肉巻きだったからおせち料理なんだろうなと想像はつく。
謎、と上げるならばタッパーの存在、だろうかと辿り着いてみる。
何故おせちがタッパーなんかに入っているのか、何故そのおせちを東海道が睨む位に見つめているのか。ついでに東北が珍しく低姿勢にお茶汲みをしている理由も気になる。
そのどれもの答えとなりそうなタッパーを指差して、妙に緊迫感を持った部屋の中には響かないように意識しながら低い声を出した。
「あのタッパー、誰から?」
ガタ、と無駄にオーバーリアクションで驚かれて、嗚呼やっぱ核心なのねと一人ごちる。
君の知ってる人、と面白がる上越をその背後に立つ東北が睨むように見下ろしているのが気になった。表情自体はいつもと変わらない無表情のくせに。
「んー…まさかの、東海道?」
「惜しい」
教えてくれるつもりのない声は秋田は勿論、東海道や山形にだって聞こえているだろうに反応してくれないのは俺に対するイジメだろうかと悩んでみたり。長野が言いたそうに困った表情でこっちを見ているのだけが救いだ。
「…ジュニア?」
「半分当たり」
「半分?」
タッパーの持ち主がジュニアで、中身は違う奴から?それとも?
回りくどさに膝を打って項垂れ、いい加減教えてくれよと視線だけで訴える。ふふ、と勿体ぶった笑いは童話の魔女を彷彿とさせた。
「タッパーは東北のだよ。仙台支社で年始の挨拶に貰ったお土産のお裾分けに、在来の所へ行ったんだよね?」
「…あぁ」
そう言われれば身に覚えのあるお土産は、ずんだ餅の事だろう。市販品ではなく手作りのそれは、思い出すと確かにタッパーに入っていた。
そのタッパーの中身がイリュージョンした理由まで語ってくれるかと思って向けた期待の眼差しは、けれど上越に無碍に払われて続きがない。というか、さっきから機嫌が低下の一途を辿っている理由もタッパーにある気がするのは山陽さんの長年の勘だが外れている気がしなかった。顔を上げて、東北に続きを促す。
見知った始めから口数の少ない男は表情を変えない儘、低く通りの良い声を漏らした。
「…お裾分けに行くと、ちょうど昼飯だったらしく皆でお節料理を囲んでいたんだが」
「美味しかったー!ジュニアってば、本当に良いお嫁さんになれるよ」
…え?
「当たり前だ!アレの料理上手は私が一番知っている!」
…は?
「そうやって高崎まで餌付けするの、止めて欲しいんだけどね」
おい?
突っ込みたい言動満載過ぎてどれから手を付ければ良いのか判らない俺に、山形がそっと生温かい目線を送ってきていた。
「…つまり、お裾分けに行って逆にジュニアの作ったおせちをお裾分けされて帰ってきた、と?」
「そう言うことだな」
そりゃブラコン兄弟としてはジュニアの作ったもんが舌の肥えた秋田にどう評価されるかはドキドキものだろう…けど、お嫁ってどういう話題から来てるのよ?空気の読める山陽お兄さんにも不可能はあるんだよ、と説明が出来そうな奴を探して視線を彷徨わせる。
当てにならない無口と、険悪に眉を吊り上げる上越、上手い料理に満足してタッパーを洗いに立った秋田、料理を褒められて機嫌の良い東海道、…
「えと、料理がすごく美味しかったから、高崎がジュニアさんにプロポーズしたんです」
不意に、あえて除外していた幼い声が求めていた答えを口にした。
にこにこと、言葉の重大さを知らない表情で続く。
「高崎は料理の上手な人が好きだって聞いて、上越せんぱいが――」
「僕の話は要らないよ」
…うん、何か顔が赤いぞー上越?
東も何か色々大変なんだなぁと思いつつ、憮然としたままの東海道を見遣ればそっちはそっちで未だに釈然としていない様子だった。まぁ、プロポーズなんて冗談だろうし実際には全然違う意味だったかもしれないけど、噂の渦中に弟が投げ込まれているとなったら気が気でないんだろう。
その調子じゃ、ジュニアに恋人が出来たらどういう反応をするのか…考えるでもないか。
「あー…でも、イイなぁ…俺もジュニアの作ったおせち、食べてみたかった」
「本当に美味しかったよ。こんな料理上手なら、僕も考えちゃうかなぁ」
洗い終えたタッパーを東北へ渡しながら、秋田が冗談を重ねた。まぁ俺の言葉は冗談じゃなく本気だけど!
ちら、と。
何かとジュニアに関しては障害になりそうな兄の姿を一瞥した。高速鉄道の筆頭は唇を真一文字に引き結び、足を組んでソファにふんぞり返っている。
「考えても無駄だ。本線は私の嫁だからな」
「……」
今日も高速鉄道は通常運行です。